家に帰れない3

毎日午前様になる日が続きました。ひどい時には夜中3時に家に帰り、また朝8時30分に出勤していました。

それに加えて転作、担い手の説明会なるものが、七尾市全域の各町会の生産組合向けにありました。

県の担当、市の担当、農協の担当が一緒に説明会に回るのですが、生産組合は233もあり、各生産組合に対しそれぞれ年3回ほど説明会を開催しました。

その回数は、233×3回=699回です。

説明会は当然ほとんどが土日で開催され、それに担当者が毎回最低1名は出席し、説明に上がりました。市からは担当4名で受け持ち、一人当たり年間200回近く説明会に参加していたため、残業がたくさんある中、土日も無いということになります。

当時の私は少し精神的に病んでいたのかもしれません。夜中にはよくうなされていたそうです。

また、当時はよく鼻血を出していました。突然鼻水のように血が出ることが多く、自分でも『やばい死ぬかも』と思っていました。